【海外書籍】キャッシュレス 2.0【ダイジェスト全文掲載】 - 書籍ダイジェストサービスSERENDIP(セレンディップ)

原題:A Cash-Free Society | Kai A. Olsen 著 | Rowman & Littlefield Publishers | 166p


1.デジタルワールドへ
2.コンピュータ・アプリ
3.複雑なコンピュータ・アプリ
4.通貨とは?
5.ジョーおじさんの島
6.アナログからデジタルへ
7.デジタル経済実現の基礎
8.デジタル決済のインフラ
9.デジタル決済
10.ネット銀行
11.仮想通貨
12.デジタル決済のメリット
13.デジタル決済のデメリット
14.ノルウェーの事例
15.新しいシステム
16.キャッシュレス社会


消費増税に伴う措置としてキャッシュレス決済へのポイント還元を検討するなど、日本政府は「キャッシュレス社会」の実現に本腰を入れつつあるようだ。その点で中国や北欧諸国が先行しているのはよく知られている。では、すでに「次の段階」にあるノルウェーの現状や展望はどのようなものなのだろうか。本書では、Tap-to-Payなどの利便性の高いデジタル決済システムが普及し、もはや現金が通貨供給量の3%しかないノルウェーのキャッシュレス化を紹介しながら、デジタル決済のメリットとデメリット、周辺のビジネスチャンスの広がりなど、キャッシュレス社会の現在と未来について広範に論じている。著者はノルウェーのモルデ大学教授。同国のベルゲン大学、オスロ・メトロポリタン大学、および米国のピッツバーグ大学でも教えており、人間とコンピュータの相互作用やITストラテジーに詳しく、eビジネスに関する記事を数多く執筆している。


Tap-to-Payの普及を機にキャッシュレス化が加速したノルウェー

 社会のデジタル化の流れは止められない。物品・サービスの購入、貸し借りなど金銭のやり取りも急速にデジタル化が進み、物理的なお金(紙幣や硬貨)が使われなくなってきている。クレジットカード、デビットカードといった旧来のキャッシュレス決済に加え、モバイル決済などのデジタル・ペイメントが日進月歩で進化し続けている。

 世界的に見ても、北欧諸国のキャッシュレス化はかなり先行している。ノルウェーでは、国全体の通貨供給量のうち現金はわずか3%であるという数字がある。

 ノルウェー社会のキャッシュレス化を2017年の統計で見てみよう。それによると、国民は平均3枚のカードを保持しており、一人につき年間400回以上のカード決済がなされている。50歳以下では、95%がデジタル・ペイメントを利用。全体として、モバイル決済の増加が目立つ。

 興味深いことに、2013年の調査では、ホテルやレストランではクレジットカードを使っても、パブやバーでは使いたくないという人が多かった。照明が暗く、見知らぬ多数の人で混み合うパブやバーでは「暗証番号を他人に見られる」「クレジット決済に時間がかかる」といった不安や不便さを訴える人が少なくなかった。

 しかし、2014年にTap-to-Payシステムが登場し、普及し始めると、状況は一変した。Tap-to-Payとは、クレジットカードやデビットカードを店頭の読み取り機器にタッチするだけで瞬時に支払いが完了するシステムだ。ノルウェーでは、200クローネ(約3,500円)以内の決済ならば、暗証番号の入力は不要。そのため、上記のような不安や不便さはなくなり、バーやパブでのキャッシュレス化が進むことになった。

 現在では、スマートフォンのアプリを使い、非常に簡単に店舗や企業、個人への送金ができるシステムも開発されている。ノルウェー最大の銀行であるDNB銀行が提供する「Vipps」というアプリを使えば、相手の電話番号を入力して「送金」ボタンをタッチするだけで支払いや振り込みができる。手数料はかからず、ログインする必要すらない。

 ノルウェーの法律では、店舗や企業は現金決済を拒否できない。だが、実際には、街で現金を使う人はほとんどいなくなっており、釣り銭などを用意していない、事実上「現金お断り」の店も増えてきている。銀行ATMも撤去される傾向にある。現金を手に入れるのも使うのも困難になってくれば、当然ながらキャッシュレス化は加速する。

 私が暮らしているモルデ(※ノルウェーの北岸に位置する人口約2万5000人の都市)では、現金を扱う銀行はなくなった。また、原稿執筆時には唯一近所の美容院だけが現金を扱っていたが、2017年末にはデジタル決済に移行する。そのため、モルデではほぼ現金が使えなくなる。冗談ではなく、ノルウェーでは、物乞いでさえデジタル決済でお金を受け取らなければならないのだ。

ネット上にデータが残るデジタル決済は犯罪を減らす

 キャッシュレス化の大きなメリットの一つは、総体的に犯罪が減ることだ。店や個人宅に現金がなければ、強盗や窃盗は成立しづらい。また、たいていの国では、銀行口座を開く際に、厳しく本人確認がなされる。スマートフォンの契約も(プリペイドを除き)同様だ。したがって不法入国者などは口座が作れず、キャッシュレス社会では日常の買い物にも困ることになる。

 そして、デジタル決済では利用履歴がすべてインターネット上の記録に残される。現金のように匿名での取引ができないため、不正な決済は簡単に「足がつく」のである。そのため詐欺や脱税はしにくくなる。

 脱税など考えていない個人や企業にとっては、納税申告する面倒な手間が省けるという利点がある。政府にとっても、確実に税収が得られ、社会保障などの財源の安定につながる。

 キャッシュレス化のメリットとしては、いつでも、どこでも、瞬時に決済ができるという究極の利便性も挙げられる。

 ノルウェーの公共交通機関を統括する企業、Ruterが開発したアプリを使えば、ノルウェー内のバス、電車、地下鉄、トラム(路面電車)などのチケットを、時間や場所を問わず簡単に購入できる。

 さらに、スマートフォンの各機能とデジタル決済が連動し、さまざまな便利なサービスが生まれている。交通機関であれば経路検索や運行情報などだが、ノルウェーの食料品店の中には、客がその店のアプリをダウンロードすることで、その人が購入する頻度の多いトップ10の商品について、支払い時に即座にディスカウントを受けられるようなシステムを導入しているところもある。

 コストカットのメリットもある。現金決済を前提とする社会では、そもそも紙幣の印刷や硬貨の鋳造にコストがかかる。盗難防止のセキュリティ対策、銀行の支店やATMの設置および運用などの費用もばかにならない。キャッシュレス社会では、それらをカットできる。また、現金輸送車がなくなることで、多少なりとも環境問題解決にも貢献できるだろう。

 もちろんキャッシュレス化にはデメリットもある。真っ先に思いつくのは、デジタルに弱い、あるいは抵抗のある高齢者や、銀行口座を作れない小さな子どもの買い物をどうするか、といった点だ。これについては、当面プリペイドカードで対処できるだろう。それと同時に、Tap-to-Payのような簡易なデジタル決済システムの改良や開発を進めていくべきだ。海外からの旅行者への対応もシステム化していく必要がある。

 また、停電やハッキングなどの対策も必要だ。ただ、これらは、キャッシュレス化の課題というよりも、デジタル社会の根幹に関わる問題だ。さまざまな専門家を交えて検討していくべきだろう。

銀行のフィナンシャル・アドバイザー的役割の比重が高まる

 ノルウェーのようにキャッシュレス化が進んだ国では、デジタル決済の是非を問う段階はとうに過ぎている。そうした国々では、デジタル決済の利便性を高め、誰でも簡単に利用できるようにするという、1ランク上の議論に移っている。

 たとえば、ノルウェーのTap-to-Payシステムでは、前述のように、暗証番号が不要になる1回の決済の限度額を200クローネと定めている。この限度額を利用者が自ら、しかも1日ごと、1週間ごとなどの幅をもって設定できるようになれば、さらに便利になるだろう。そうすれば、特別な時の高額な出費以外は暗証番号なしに、現金のように気軽に使える。そうすれば、消費の計画も立てやすくなるとともに、デジタル決済がさらに普及していくはずだ。

 暗証番号なしでの決済には、カード盗難やスマホ紛失のリスクがあるのは確かだ。だが、カードの不正利用に関しては、スマートフォンへの通知や利用者自身のスマホでの残高確認等で対応できる。紛失したスマホで第三者が不正使用した場合でも、GPS情報などとともにデジタルな記録が残っているため、犯罪捜査や補償がしやすい。

 キャッシュレス社会では、各個人がカードの利用履歴や口座の出入金記録を常にしっかりと把握できる。それによって、家計における節約意識が高まる効果も期待できるのではないか。

 そうすると、銀行に求められる役割の比重が変わってくるかもしれない。たとえば、個人の支出データを元に「携帯電話会社をA社に変えると234ドル節約できますよ」「家族で科学博物館に出かけられているようですが、それなら家族カードを作られると便利ですよ」などといった、フィナンシャル・アドバイサー的なニーズが高まる。もちろん個人情報の扱いに同意を得た上でだが、キャッシュレス化によって、さまざまなサービスの可能性が広がる。

コメント

最新のデータによれば、日本のキャッシュレス化率は約20%とのことだ(中国は約60%)。まだまだキャッシュレス社会の第1段階に足をかけたレベルだが、サービスとしてはSuicaをはじめ、ここに来て百花繚乱のように多種多様なデジタル決済が利用可能になっている。だがおそらく、この種類の多さが、かえって日本のキャッシュレス化を妨げる要因の一つなのではないだろうか。使い方も、使える店もそれぞれ異なるせいで「なんだかややこしくてよくわからない。現金の方が慣れているし確実」と感じる人が多いと考えられるからだ。Tap-to-Payのような「シンプル化」も、デジタル決済普及の重要なポイントなのかもしれない。


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