【新刊】砂漠で海水魚を養殖できる「夢の水」開発物語 - 書籍ダイジェストサービスSERENDIP(セレンディップ)

『宇宙マグロのすしを食べる』
-魔法の水「好適環境水」誕生物語
山本 俊政 著 | 旬報社 | 180p | 1,650円(税込)


1.魚に引き寄せられる
2.魔法の水、好適環境水
3.好適環境水で魚介類を陸上養殖する
4.陸上の魚工場が人類を救う
5.宇宙養殖の時代がくる


ニホンウナギやクロマグロなど希少な天然資源を守るとともに、将来懸念される世界の食料不足を解消する手段に「養殖」がある。海水魚の養殖は、海の一部を囲うのが一般的で、そのスタイルは3000年前から変わっていない。
だが、ある特殊な「水」を使えば、海が近くにない内陸部でも養殖が可能になるそうだ。

本書は、海水魚の「陸上養殖」を可能にする、海水でも淡水でもない“第3の水”である「好適環境水」の開発物語である。
著者が開発した好適環境水は、3種類のミネラルを一定の比率で真水に溶かすことでつくることができる。この水には、海水魚を育てられるだけでなく、早く成長させ、病気から守り、味も美味しくする効果がある。著者はこの水を使うことで、火星でマグロを育て、すしにして味わう、という夢を抱く。

著者は岡山理科大学准教授。三井金属鉱業総合研究所に技術者として就職した後、熱帯魚の水槽設備をあつかう会社を設立。その後、岡山理科大学専門学校のアクアリウム学科長に就任。魚やサンゴの養殖に携わり、2006年、好適環境水を開発した。2009年より現職。


塩分濃度の低い水でワムシが繁殖、「うっかり」からの発見

 淡水魚のキンギョは淡水の中でしか生きられず、海水魚のマダイは海水の中でしか生きられない――これは、誰もが疑わない「常識」です。しかし、ぼくの研究室にはキンギョとマダイが一緒になって元気に泳いでいる「非常識」な水槽があります。飼育水として使われているのは、淡水とも海水とも異なる第3の水、好適環境水。海の魚も川の魚も生きていられる水です。

 しかも、真水と施設を稼働させるエネルギーさえあればどこでもつくることができます。場所を問わず魚介類の養殖ができ、人類の食料問題を解決する可能性さえ秘めた、いいことずくめの水です。

 2001年、ぼくは岡山理科大学専門学校のアクアリウム学科長になりました。研究でとにかく苦労したのは、海水の確保でした。海の魚を飼うには海水が必要です。学校が海の前にあれば、目の前の海水を使えばいいのですが……ぼくたちの学校は、きれいな海水がくめる場所から25キロも離れた山の中にありました。仕方がないので、ぼくが週に2、3回、ワゴン車で海まで乗り付けて、1トンの海水を往復50キロメートル、3時間かけて調達していたのです。この「海水が自由に使えない」という状況が、ほどなくして大発見を生むのです。

 2004年のある日、淡水に棲むタナゴの繁殖をしていた学生が「ワムシを淡水で育ててみたい」と言い出しました。ワムシはタナゴを育てるなら、エサとしてうってつけの生きものですが、海に棲むプランクトンです。学生が言っていることは、たとえるなら、「川でマグロを育てたい」というようなもので、失敗することは火を見るより明らか。ぼくは「失敗もよい経験になればいいだろう」と思って、「好きなようにやってみなさい」と実験を許可したのです。

 それから1週間ほどがたったころ、彼が「ワムシがたくさん増えました」とニコニコしながら報告にきました。淡水でワムシが増えるなんて、常識ではありえないことです。しかし、タンクの中の水をとり、顕微鏡で見てみるとたしかにワムシがウジャウジャといます。

 「こんなことが起こるはずがない。もう一度やってみなさい」と指示を出したところ、彼は1週間後、しょんぼりとぼくのところに来て、「先生、なぜかワムシはまったく増えません……」。最初の実験には、なにかワムシが増える「条件」があったはず。ふと、学生に「そういえば、実験の前にタンクは洗ったの?」と聞いてみました。すると、学生は「あっ先生! タンクを洗うの忘れていました!」

 最初の実験で使ったタンクは、前の実験で使われた海水がわずかに残っていたのです。そこに淡水を入れた。たまたま、うっかりタンクを洗うのを忘れていて、それが「塩分の濃度が極めて低い水の中でもワムシは繁殖する」という発見を生んだのでした。ぼく自身もこのときまで、「海の生きものは海水でしか生きられない」という固定観念に縛られていました。

人間の血液の「海のこん跡」から「ひらめき」が生まれる

 ワムシをうまく繁殖させる海水の濃度はわかりましたが、その水を魚の飼育に使うことはできません。なぜなら原始的な生物であるプランクトンと違って、魚類は進化をとげた多細胞生物です。その体はずっとデリケートにできています。単純に薄めただけの海水に海水魚を入れると、たちまち死んでしまうのです。

 海水魚を生かすためには、なんのミネラルが必要で、なにが不要なのか。その組成(含まれる成分の比率)を突き止めなくてはいけない。そこで研究室に水槽を30個ずらっと並べ、その中にマダイ、ヒラメ、カクレクマノミの稚魚を入れて、7種類程度のミネラルの分量を少しずつ変えた水を入れて飼育することにしました。

 ほとんどの魚がすぐに死んでしまうのですが、その中で少しでも魚が長生きした水槽があれば、そこに入れた水の組成を足がかりに、また少しずつ条件を変えた水をつくって魚を飼育します。海水魚が生きるのに必要不可欠なミネラルの条件を消去法によって絞り込んでいったのです。気の遠くなる作業でした。

 転機は、ふとしたときに訪れます。それは人間の細胞外液である血液のことをぼんやりと考えていたときのことです。3倍に薄めた海水と、血液の組成は似ている。陸上で生きる人間の血液の中に、「海のこん跡」がある。そう気づいたときに、あるひらめきが起こりました。

 「血液はナトリウムをはじめとする多くの種類のミネラルでできているが、細胞の中には、カリウム、カルシウム、リン酸のたった3つの成分しかない」。この事実を、海水魚を生かす水に応用できないだろうか。細胞の中にはたった3つの成分しかないのなら、海水魚だって本当はいくつかのかぎられた成分の水で生きられるのではないか。

 条件を変えて実験を繰り返しました。そして、ほんとうに数えきれないほどの失敗ののち、ついにナトリウム、カリウム、カルシウムという3つのミネラルだけを含む水で、海水魚を1ヵ月近く生かすことに成功したのです。そして実験をはじめてから2年、「ナトリウム対カリウム対カルシウム=29対1対1」という黄金比を発見しました。

 この黄金比でつくった水に入れた海水魚は1ヵ月たっても、2ヵ月たっても死にません。この水は「魚にとっていい水だ」という意味を込め、知り合いの先生に「好適環境水」と名付けてもらいました。

夢はスペースコロニーで「宇宙養殖」実現

 研究を進めていく中で、好適環境水で魚を養殖すると、海水で養殖するよりもいいことがたくさんあるということがつぎつぎと判明してきました。

 魚の種類にもよりますが、好適環境水で飼育される海水魚は海水で飼育される場合と比べて1.2~1.5倍の速度で成長します。というのも、海水で暮らす魚は、放っておけば、浸透圧の作用で、体の中から海水へと水分が抜け出して干物のようになってしまいます。

 そうならないために、たくさんの海水を飲んで生活をしているのですが、海水は水分以外にナトリウムなど多くのミネラルを含むので、不要なミネラルはわざわざエネルギーを使って濃度の高いおしっことして排出しています。塩分濃度の低い好適環境水で飼育すれば、無駄なエネルギーを使わなくなり、そのぶん大きく育ちます。

 また、好適環境水で魚を飼育しても海水ほど(魚に対し有毒な)アンモニアが発生しません。せまい水槽にたくさんの魚を飼育しても安全に育てられるし、簡単にろ過できるので、飼育水をリサイクルしながら長く大事に使うことができます。

 さらに、好適環境水を使ったシステムがあれば、砂漠でも、地下でも、どこでも魚を養殖することができます。この「隔絶した閉鎖空間で魚を飼う」という考え方は、宇宙にもつながっています。地球の食料危機を解決したのち、将来的には、スペースコロニーで「宇宙養殖」を実現するのがぼくの夢です。

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、宇宙環境での野菜栽培の可能性についての研究をはじめました。とても素晴らしい取り組みですが、野菜のみでは人間は生きていけません。ぼくたちが生きていくためには動物性タンパク質が必要です。だから野菜の次にはきっと宇宙空間で魚の養殖研究がはじまると考えています。

 宇宙空間には水がなく、切実な食料問題がつきまといます。そんな極限の場所こそ、好適環境水のポテンシャルが最大限に生かされるといえます。最低限の真水とわずかな電力さえあれば魚介類がつくれる。少し前に、アメリカの航空宇宙局(NASA)が、月や火星に水が存在すると発表しました。遠い未来では、火星へ移住した人類が火星の上でマグロを養殖して、宇宙マグロのすしを味わっているかもしれません。

コメント

好適環境水には、量子コンピュータの原理との類似性が考えられるのではないだろうか。量子コンピュータは、0か1かだけで計算する従来のコンピュータとは異なり、「あらゆる状態の可能性が重ね合わさっている」という「重ね合わせの原理」によって、はるかに高速かつ正確な演算を実現する。0と1の間が要所と言える。好適環境水は、淡水(0)でも海水(1)でもない「第3の水」だ。海水の中の生命維持に必須のミネラルだけを含むという意味で、0と1の間であり、これが、0や1よりも優れた養殖環境を実現した。0と1の間、0と1のどちらでもないところには、新たな発想や研究開発を進める手掛かりが隠れているのかもしれない。

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